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第46回全国町並みゼミ小大会

市について

第46回全国町並みゼミ小大会開催につきまして、 市の歴史や文化、町並みの魅力について、ご紹介いたします。

市の歴史と町並みについて

01 | 小の歴史

明治期の小

明治時代中期以降、殖産興業・国強兵の政策のもと、北海道への移民が本格化し、人口増加を支える生活物資の供給基地として小は大きく発展しました。海岸線には物資を保管する石造倉庫が並び、仕事を求める人々が殺到しました。
北前船は大阪を起点に、瀬戸内海〜日本海〜蝦夷地における港広域にわたる経済活動を行っており、重要な港には倉庫を建設し、荷を保管していました。小に多く現存する石造倉庫には、北前船主が建てたものがいくつもあり、小の町並みを象徴する景観を生み出しています。

鉄道と港の整備

明治13(1880)年には、北海道の内陸部で産出する石炭輸送のため、北海道初の鉄道が建設されました。
明治38(1905)年に日露講和条約が締結され、国際貿易港として、石炭をはじめ物流の拠点として賑わいました。

銀行街の出現

鉄道と港の整備により、豊富な北海道の資源の物流拠点となった小には、多くの商社、金融機関が進出し、最盛期には25の銀行が活躍した金融のまちとなりました。「色内銀行街」は、日本の近代建築を象徴する遺産が今も残り、往時の小を反映する象徴となっています。

運河

運河は、大正3(1914)年に建設に着工、大正12(1923)年に竣工されました。 当時は、小運河では艀(はしけ)や運搬船が活発に行き交う光景が見られましたが、戦後、船舶を埠頭に接岸させて荷物の積み下ろしを行う方式にしたことから、小運河は放置されるようになっていきました。
港は終戦後も復興の拠点となっていましたが、エネルギーが石炭から石油に変わる中で昭和40年代には取扱貨物が大きく減少、艀(はしけ)荷役の役割を終えて荒廃が進んだ運河を埋め立て、道路にする計画が決定します。
そのような中、昭和48(1973)~昭和59(1984)年、道道小臨港線の建設を巡り、小運河と周辺の石造倉庫群の埋め立てを争点として小運河論争が起こりました。

02 | 峯山冨美賞

その時、失われつつある「まちの記憶」を守ろうと市民による保存運動が起こりました。10年にもわたる保存運動が訴え続けたのは「地域に生きるとは何か」というメッセージでした。歴史的都市空間とそのたたずまいを残し、多くの市民や観光客で賑わう小運河を中心とする小の姿を求め続けたのです。
そして、その運動の中心にいたのが、会長の峯山冨美です。
運動は、その後のわが国のまちづくり運動の先駆けとなり、小運河の一部は散策路として整備され、市民が再びまちに誇りがもてる観光都市として再生しています。 
峯山冨美は、昭和48(1973)年に「小運河を守る会」に参加してから、昭和59(1978)年に会長を務め、「地域で生きる」ことの大切さを問いかけ続けました。
峯山冨美が生涯を通じて問い続けてきた「地域で生きる」ことの大切さは、小の未来のまちづくりを考える上で、非常に重要な意味合いを持っています。
その問いかけは、全国町並みゼミにおいて、歴史的な集落や町並みで歴史を活かしたまちづくりに取り組んでいる人に贈られる「峯山冨美賞」として、引き継がれています。

03 | 全国町並みゼミの開催

ではこれまで、全国町並みゼミを2回開催しています。
そのため、今回の全国町並みゼミ小大会の開催は3回目となります。

第1回目の開催

第1回目は、小運河の保存運動で小市が二分していた昭和55(1980年)に開催されました。当時は60代の女性数人と20代の若者とあわせて30名程度で実行委員会を組織し、市と経済界の協力がない中で、規模の小さな実行委員会での活動でしたが、手弁当で活動するメンバーの熱意が伝わり、大会は成功し、運河問題を全国に発信する大きな機会となった。
運河は埋め立てられましたが、美しく整備され、小は北海道を代表する観光地になりました。

第2回目の開催

第2回目は、観光地に生まれ変わった小を、再び全国の方々に味わってもらおうと、第1回目の開催から20年、観光都市として急速に発展しつつあった平成13(2001)年に開催されました。誘致したのは、朝里まちづくりの会と小再生フォーラムです。開催内容は、時代とともに変わる国の文化政策、多様化する全国のまちづくりを検証するというものでした。

第3回目の開催

そして今回、第3回目は、令和5(2023)年に開催します。
では、令和1(2019)年全国町並みゼミの総会を誘致し、100年プロジェクトセミナーを開催しました。また、2021年には峯山冨美没後10年企画展を開催し、大きな反響がありました。
今回開催する目的は2つあります。
1つ目は、小の魅力生み出す歴史的建造物と歴史遺産を、磨きをかけて後世につたえ、活用していくことです。そのためには、国の制度を含め、できうる限りの手立てにチャレンジする必要があるのではないか?というという問いかけを持っていきたいと考えています。
2つ目は、30年先のまちづくりを担ってくれる若い人々に、町並みや文化遺産のことを学んでもらい、全国の方々と交流してほしいという思いをもとに開催いたします。50年後の小のまちづくりに向けて、大きな転換点となることを目指しています。

市観光誘致プロモーションビデオ 『青の街』 “OUR STORIES : from OTARU”